CAT(Career Advance Time)という独自の職業観育成プログラムでは興味のある職業への適性を図ることができます。また純真学園では高大連携を図っておりますので、スムーズに短大・大学へ進学し、そこで専門的な知識を習得し、職業に直接つながる資格を取得することができます。
福岡市内中心部に近く、充実した教育環境をもつ純真高校において、『自分』を発見し、充実した高校生活を送りながら、自らの夢の実現へ向けて『自分』を育てていただきたいと思います。
本校的建学精神:
戦後の日本は、めざましい経済成長を遂げる反面、高等教育機関の整備は立ち後れている状況でした。大学への進学者は稀であり、特に女子となると数は極めて限られていたのです。その状況を憂い、福岡の地で、女性のための高等教育機関を何とかしようと立ち上がった人物がいました。その人物の名前は福田昌子。
ヒスタミンの研究が認められ、史上最年少で医学博士の学位を取得した医師であり、また国会議員として自ら草案した「衛生検査技師法(現在臨床検査技師法)」を法案化させるなど、女性の地位向上と社会への進出のために情熱をそそいでいた人だったのです。
福田女史は、「気品」「知性」「奉仕」の精神を備えた女性こそが、 新しい日本の基盤になるという理念のもと、1956年(昭和31年)に 「純真女子高等学校」を開校「純真」という名に理想の女性像を描き、校名に名付けたのでした。あれから半世紀。彼女の想いは受け継がれ、 本校はカリキュラムや教育施設の充実、 そして「気品」「知性」「奉仕」の精神を育む少人数教育を実践することで、高い専門性と広く深い知識の修得、そして豊かな人間性を育み続けています。
福田女史が蒔いたタネは、
あれから、いくつもの美しい花を咲かせ続けてきました。
そしてまた、新しく大きな花が、社会に向かって
開こうとしているのです。
本校历史沿革:
1956年 - 純真女子高等学校として設立。普通科設置。
1965年 - 衛生看護科設置。
1966年 - 男女共学化、福田学園中学校設立。この時点で校名の変更はなく、名が体を表していない状態となった。
1968年 - 校名を東和大学附属東和高等学校・東和大学附属中学校に変更。
※学校名では、高校は「東和」が2回入り、中学校は「東和」が1回だけ入るという違いがあった。
2002年 - 看護科専攻科を設置。
2007年 - 東和大学の募集停止に伴い法人名を学校法人純真学園に改称、これに伴い校名を純真中学校・純真高等学校とする。中学校の生徒募集停止。
2009年 - 純真中学校、最後の生徒が卒業して休校となる。
2012年 - 純真中学校、3月30日をもって廃校となる[1]